元ひきこもりのブログ

2007年まで10年以上ひきこもっていました。
ひきこもっている時はまったく光が見えず 本当につらかったですが、人との出会いなど、様々な幸運に恵まれたおかげで 2008年に社会復帰できて以降、少しずつ活動の範囲を広げています。

現在ひきこもり中で、以前の私のように、外に出るのもつらいという人。
そのような人がこのブログを読んで 少しでも「大丈夫だ」と思っていただければ幸いです。

ひきこもり中、私は相当 絶望的な状態だったと思います。
そんな私でも、ひきこもりを脱することができたのですから、現在うまくいかない人も、きっかけさえつかめば 絶対になんとかなると思います。

伊達政宗公の墓所

7月30日(土)の午前、
杜の都・仙台にある
伊達政宗公の墓所に行ってきました。


伊達政宗公の墓所は
瑞鳳殿(ずいほうでん)」と呼ばれています。


瑞鳳殿は、仙台駅の西口から
歩いて30~40分の距離にあります。


瑞鳳殿が近くなってくると、急に
人工感が薄くなり、
自然の中に入っていくような感じになります。



いきなり、結構な急坂から始まります。
観光というより、山登りをしているような感覚です。



石造りの階段の両側には
立派な杉の木が並んでいます。


この杉の木は、
伊達政宗公が亡くなって
間もない頃に植えられたそうですから、
樹齢は約380年ということになります。


ちなみに、
伊達政宗公は、
1636(寛永13)年に亡くなっています。享年は70歳でした。



観覧券売り場を通過し、
涅槃門(ねはんもん)をくぐって、
階段をあがると、



いよいよ
瑞鳳殿が見えてきます。



とにかく、
鮮やかで美しく、
見ていて飽きません。


しかし、
ふと
瑞鳳殿の横に目を向けると、



そこには、
殉死者供養塔なるものが
ひっそりと並んでいました。


伊達政宗公が亡くなったとき、
その後を追って
家臣15名と
家臣に仕えた陪臣5名の
計20名が殉死したそうです。


江戸時代の初期までは、
このような風習があったことを
改めて思い知りました。
ある意味、今回の訪問において、
この石塔群が最も印象に残りました。



最後に、
二代藩主・伊達忠宗(ただむね)公の墓所である
感仙殿(かんせんでん)と、
三代藩主・伊達綱宗(つなむね)公の墓所である
善応殿(ぜんのうでん)とを見学して、
今回の観覧を終えました。



暑い中ではありましたが、
いろいろ考えさせられることもあり、
私にとって大変有意義な訪問でした。


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