親しく話ができる相手を見つけよう!
ひきこもっている人の切実な願いは、
「社会に出て、それなりに活躍したい」
ということだと思う。
当然、ひきこもっていたときの私も、強くそう願っていた。
しかし、そうはいっても、
そのような願いが簡単にかなうものでないことは、
私が嫌というほど分かっている。
それでは、私は、
なぜ、幸運にも、そのような難しい状況を脱して、社会に出ることができたのかを
今、改めて考えてみたい。
まず私の場合、
呼吸法などを教える先生に出会い、
その先生から様々な指導を受けることができたことが幸運であった。
その先生から指導を受けることによって、私は、
自分の症状がいくらかはよくなっていることを実感することができた。
しかし、
自分の症状がよくなっていると実感できた時点でも、
私は、まだ、バイトに行くことが、どうしてもできなかった。
多分、あまりにも長く社会から遠ざかっていたため、
失敗して傷つくイメージしか持てなかったからだと思う。
その後、私は、他県の農業専門学校で寮生活を経験することになるのだが、
もしかすると、この寮生活が、私のターニングポイントになったのかもしれない。
そこの農業専門学校は、若い人ばかりが集っているわけではなかった。
実社会で働いた経験をもつ、年輩のかたもいれば、
中には、社会でつらい経験をしてきたような人もいた。
つまり、約10年も社会から遠ざかっていた私にとっては、
これ以上ないほど恵まれた環境であったのだ。
(どういうことかというと、社会で苦労をしてきたような人は、ひきこもりを経験した、私のような者でも、特に偏見をもたず、平等に接してくれがちであるように私には感じられるのである)
それでも、その時の私は、
人との接し方もほとんど忘れ、
自分に何ひとつ自信がもてない、
すべてが不安である
という酷い状態だったので、
さすがに、すぐには、そのような環境を生かすことはできなかったが、
おそらく周りの人たちが温かく見守ってくれていたからであろう。
少なくとも私はそこから逃げ出したいと思うほどには追い詰められなかった。
そうこうしているうちに、いろいろなものに少しずつ慣れてきて、
徐々に何人かの人たちと話ができるようになってきた。
話をするといっても、最初は、おっかなびっくりで、
自分の話の内容にも自信がもてず、
ただ挨拶に毛がはえた程度の会話で終わることがほとんどだった。
しかし、約3ヶ月が過ぎたころから、
2~3人の人たちとは、結構、長く
話が続くようになってきた。
彼らには、自分のことも比較的詳しく話すことができた。
このように、本当に久しぶりに、(家族や先生以外の)人とまともに話ができたことは、
私に大きな自信を与えた。
この後、実家に帰って、
ようやくバイトに挑戦する決断ができたのだが、
この決断ができたのは、
人と話をして、よい関係を築けたという経験があったからだと思う。
すなわち、人と良い関係を築けたことによって、もたらされた自信が
私の心の支えになったのである。
そして、約10年もひきこもっていた私が、
人と良い関係を築くということに成功できたのは、
様々な経験をしてきた人たちが集まる場所に身を置くことができたからである。
今にして思えば、バイトに挑戦する前の段階で、
人と良い関係を築くという経験をしたことは大きかったと思う。
現在、社会復帰を目指して頑張っているが、
いろいろな壁に阻まれて、少し道に迷っていると
感じているかたは、
少し目先を変えて、
まずは、いろいろと話ができる相手を
探すことから始めてもよいのではないか。
そして、そのような相手は
様々な経験をしてきた、幅広い年齢層の人たちが
集まるような場所で見つかるはずである。